KEY EARTH
混沌とした「Chaos」の英語読みの発音をもとに命名いたしました。いろんなものがごっちゃ混ぜになってる、そんなブログと私の人生をこんなネーミングにしてみました。
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御岳山噴火について
 旦那が数日、御岳山に派遣されています。派遣されたのは2回目で、今回は台風の影響で活動が延期のため数日間の滞在になります。 はじめ聞いた時は、とうとうそんな時がやってきたんだなあと思いつつ、想像もつかない仕事内容に現実味を感じられませんでした。事実、私にできることは待ってるだけでとくに何もないんだけどね。
 
 とりあえず、水蒸気噴火とやらが予測不可能で、救助隊が入っている間もいつ起こるか分からない、というのが一番不安でした。もちろん、救助中の事故も。二次災害・二重遭難ってやつです。万が一そんなことが起こったら、管理職は辞職でしょう。指示を出す側も気が気でないと思う。重たい仕事。そして大きい組織がゆえに、現場の人間がどうしてそういう指示が出るかということまでは把握しきれません。旦那も後からになって、ちゃんと考えられた指示だったんじゃないか、と思える程度。現場の人間は指示に従うしかありません。
 
 亡くなった人間を、その数を大きく上回る生きている命を危険にさらすことはできません。「早く探し出してほしい」「こんなことになるなんてひどい」と口にする遺族と同じように動揺する人間は、捜索に関わる1000人の家族も一緒です。もちろん、遺体を送り届けることも大事な仕事です。危険だから何もしないという選択もありません。その都度線引きをしながら、活動を続けていると思います。

 私は、遺体を捜し出すことだけが、大事な仕事だとは思っていません。危険なところにいっても、何も見つからないかもしれない。それでも、1000人を動じて「入山して探す」ということが、遺族の方に対する礼儀だし、亡くなった方への供養になると思います。今朝はそんな気持ちでいってきてね、と旦那に声をかけました。本人の安全第一で。

 東日本大震災でも、自然の脅威を見せつけられました(原発関連の方がインパクトは大きく、これはまた別の問題) 何か問題が起こると、いつもだれの責任かとかって話になります。たとえば、予測できなかったのかとか。自然を相手にして、この問いかけばかりに留まるのはむしろ理性的でないと思う。山に入った人たちは、誰かに憎まれて殺されたわけでもないし、脱法ハーブや不慮の交通事故に巻き込まれたわけでもない。自然の中に身を投じて亡くなった。自然はそういうこともあるという気持ちを持ってしなくてはいけないんではないでしょうか。そして、上記の殺人に当たるより、よっぽど人間的で自然な死だったと思います。
 
 山を趣味としている人でも、自然の脅威を周知しているとは限らないし、できないと思う。流行りに乗っている人ならなおさらです。けれども、誰か・何かを責める気持ちでいつまでもいては、自然と共存することはできないんだろうと思います。このような大きな噴火があっても、自然は美しいし、それを趣味としている人も素晴らしいと思います。そして、今回は、たくさんの人でそれを収束に向けようとしている、ただそういうことなんだと思いました。
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