KEY EARTH
混沌とした「Chaos」の英語読みの発音をもとに命名いたしました。いろんなものがごっちゃ混ぜになってる、そんなブログと私の人生をこんなネーミングにしてみました。
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妊娠プレッシャーまとめ ~絶対人に言わないで~
実は妊娠しました!いままでにいろいろと悶々としたことを、妊娠が分かった時から3日間ほどフラッシュバックしました。今まで「気にすることない!」とスルーし続けてきたこと。やっぱり根に持ってた。もう愚痴いいたいわけじゃないんだけど、なんか書かないと気が済まない。なるべく淡々と書く。

一応目的は・・
・自分の思いを整理してスッキリすること。
・もし同じような思いをしている人がいたら、「私だけじゃないんだ!」と味方がいる気分になってほしい
・私が嫌だったことを他人にしないでほしい
・これっていじめじゃないの?!軽くジャッジしてほしい


■ まず自分の妊娠・出産に対する考えから。
子供が好きなわけではない。もちろん嫌いでもない。子供だからと言ってかわいがる人の気持ちは正直分かりません。人生経験が違うだけで、同じ人間として扱います。ちなみに子供からは好かれるほうです。
子供をもうける人生が第一だとは思わない。子育てしている人は偉いしすごいと思うけど、それだけが女の幸せであり、社会的義務だとも思いません。それ以外の生き方も認めるべきだと思います。
少子化やそれに付随する社会的問題は女性が負う責任ではなく、そうした社会でもうまく回るようにするのは政治家の仕事だと思ってます。将来孤独だとかなんだとか、子供は親のために産まれてきたわけじゃない。自分のために産む・育てるなんて・・子供は道具じゃない。ペットでもない。
なので~だから産めとか産んだほうがいいと他人に自分の価値観を押し付ける人は頭が悪いと思ってます。
自然にしていて授かったので、自分を含めた家族が笑顔で暮らせるようにしていきたいと思ってます!


では以下は・・私が上記のような考えのもと自分の幸せにのっとって旦那と楽しく毎日を生きている最中に言われた「それってひどいんじゃないの」ということの数々です。これを見た人はどう思うでしょう。


□ 旦那の実家側(主に義母さんです) 
※週1日仕事の手伝いに私が旦那の実家に行っていました。これも夫婦になったから、助け合うのが当たり前、別に義母さん悪い人じゃないから。と今もバイトとして続けています。

・(話したくないのに)仕事の休憩時間は私と時間を合わせてきて別室で二人でご飯を食べます。
・毎週、年齢を聞かれる
・毎週、結婚何年目か聞かれる
・周りの友達は結婚したか出産したか聞かれる
・旦那は夜勤が多いので、さびしいでしょう!と言われる
・旦那はかなりアクティブで、私を山や川や岩に連れていってくれるのを、「子供を産んだら落ち着く」とマイナスにとらえる
・あなたたちの子供はどんな子かしらね と言われる
・さりげなく、「子供は早いほうがいいわね」と言ってくる
・親戚で40で出産した人に対し「40で産むなんて、ねえ?」という。


そしてある日。義母が突然キレました。
・だからっ 子供は早く産まなきゃいけないっていってるでしょ!!
  ↑ 私ほぼ何も言ってないのに。突然ヒステリー起こしました。私はなにもしていないので、ちょっと反省したっぽかった。更年期再来か。

義姉は、子供を私よりずっと望んでいて、不妊治療をしているのにもっとひどいプレッシャーをかけられ夫婦げんかも大変だったようです。そこで私が辛くならないように、義母にきつく釘を刺してくれました。その結果以下のようになりました。


□ 義母からのプレッシャーセカンドシーズン。。

・子供を産め とは言ってこなくなったものの 「子供のない夫婦は・・・・・・・」 が口癖に。・・・・には全く理屈の通らないワード。
とくにびっくりしたのは、「うちのインコは全然言葉を覚えなかった。近所の八百屋の夫婦は子供がなくて時間があるからインコに言葉を覚えさせて。よくしゃべれるインコだった」
・義母の実家が土地持ちの大金持ちで、田んぼを頼んでやっている。で、余った古米(それも2年も前のとか)を食べきれないとかで持ってくる。ものすごく臭いこともあってとてもまずい。
・いつも通りに「お米まだある?」と聞いてきて、食べたくないから「まだあります」というと  「上の兄弟は子供がいるからすぐなくなるのに。二人だと減らないわね」
この日を境に、一応味見はするけど不味いものは捨てることにした。
・ある日仕事に行くとたまたま義姉家族(子供2人に恵まれました^^)が。昼ご飯はいつも無理やり時間を合わせてくるのに、私が事務所で義姉にあいさつするなり「先にご飯食べてきて」と。つまり一人で先に食べろと。義姉も「え?みんなで一緒に食べるって言ってたのに」と残念そうだった。 前述のとおり子供には好かれるので上の子は私がどこへ行ったのか聞く始末。

□ 義母の実家Ver.
義母の実家は、家から30分ほどの土地持ちお金持ちのおうち。そこではお野菜もおすそ分けしてもらってとてもありがたいし、田舎の人という感じで皆優しいのだが、ここでも子作りプレッシャーが半端ない。

・お金持ちなので、来訪すると 人数×1万円 をいただく。もちろんうちはそれほどお金に困ってないのでいらない。
・帰り際には「早く子供を産むように。産まないと、お小遣いも増えないよ」という優しい顔でおばあさんに言われる・・
・毎年、おばあちゃんの誕生パーティと称して食事会が開かれる。もちろん孫・ひ孫の顔見たさに。絶対に行かないほうがいいのに家も行く羽目に。旦那にとっては「おばあちゃん」だから仕方ないのか・・と無理やり自分を納得させて参加。
やはり子供なしはうちだけ。それにその年に生まれた子が2人。新生児の名前を黄色い声で呼ぶ義母に辟易して気まずく座っているしかない。もちろん最後にお決まりの1人1万円手渡しがありお約束の文句を言われ解散。早速1万円ゴミのように使った。
「居づらい」という空気は一生分かってもらえないようだ。法事の時はうちみたく夫婦2人世帯や独身もいたからまだよかったのに。この誕生日パーティは幸いこれ以後開かれていない。もちろんご存命ではあります。


子作りプレッシャーだけでなく、差別や偏見的な言い方の多い義母に対してうんざりし、もう顔を見てはしゃべらなくなりました。
決して悪い人ではないのに、私に嫌われるのも、義姉に煙たがられるのも無理はない。損をしているのは自分。かわいそうな人だとも思いました。


以下、私の両親編。
うちの母は私が幼いころに統合失調症(当時の神経分裂症)を発症してとても家庭が不安定でボロボロでした。支えてくれたお父さんやおじいちゃんおばあちゃんには感謝しています。過ぎた時間は帰ってこないけど、今ではちゃんと治療して社会復帰もしてるお母さんには、元気になっただけでも感謝しています。ただしここまでに20年はかかりました。そこで失ったもの、得られなかったものは計り知れません。

□父親編
・お母さんは、お前を身ごもった時に明らかにヘンなことを言うようになったから心配だ。もし、お前が妊娠してそうなったら、旦那さんが一生苦労するからお父さんがお前を引き取る。 と言ってきました。これを聞いて、娘の私がどう思うか想像できないならば、お母さんの病気を悪化させた原因も父に少しはある気がした。おかげでより産みたい気持ちがなくなった・・

・(義両親との会合で)「子供産まないなんて!生物としてまちがってんだよ~!」 お酒の勢いとはいえ。私の考えは、増えすぎたら縮小に向かっていくのが「生物」として自然なことだと思っています。生き残れないから子孫を残す。増えすぎたら自滅の道は見えています。


□母親編
・ずっと私が自分で自分を追い詰めないように気を遣ってくれていたようで、子作りのことは言ってこなかったが。。30歳になって「旦那さんが子供ほしくなったら、あんた離婚させられるんだよ!?」 私の嫌いなしゃべり方で。

そして両親に思う。私の(生涯の伴侶として愛する)旦那さんの、何があなたたちにわかるのか。さんざん私の子供時代を無くしておいて、今ある私の幸せの何が理解できるというのか。それさえも奪おう、変えようというのなら縁を切りたいくらいだ。そんな風に思った。そしてまた、愛する娘の今を生きる姿を全く理解できない親というのはかわいそうだと思った。


□友人編
もうお約束でしょう。お子さんはいらっしゃらないんですか?お子さんのご予定は?ねえまだ妊娠しないの?いつ子供産むの?早いほうがいいよ。女にはタイムリミットがあるよ。歳食ってからだとしんどいよ。

・・あなた方は、既婚女性が今あなたが言ったその言葉以外にどれだけのプレッシャーをかけられているか、想像できないんでしょうか。上の話を読めば、たった友人の悪気ない一言でももうウンザリするほどめんどくさいです。なぜ産まないのか。今いないのか。理由があるから今があるんです。その理由は、あなたにとってどうでもいいことかもしれないけど、それが一番重要なんですよ。理解する気がないならかかわらないで。


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糸魚川の大火事2 雁木の再生
前の記事に示した通り、雁木はその所有する家・商店とつながって初めて、意味をなしてきます。私はここを強調します。ただ庇のついたアーケードならばお金さえあれば行政にも簡単に作ることができます。雁木通りと家は、まさにその家の玄関だけでなく窓の役割を果たしているのです。

糸魚川の大火事において死者が出なかったことが注目されています。これは隣近所との強いつながりがあったと思われます。あるいは、外の空間とのつながり(外で何が起こっているか状況が分かる)が強いからではないでしょうか。私はここにこそ雁木通りの特性があると思います。

玄関、あるいは店先をでればすぐに雁木通り、そして隣人の玄関もみえるのです。その玄関を通りから全く隔離してしまうような建築になっては、隣近所・雁木通りでつながる関係を破壊してしまうのです。例えばアパートの入り口も一列に並んでいますが、扉に個性はなく無機質で、互いのことを知りません。ただ庇や通りを保存・再生してもこのアパートのようになってしまいます。

アパートや新興住宅の場合、地縁はなく代々の信頼関係はありません。しかし地方都市で雁木通りのように昔から代々住んでいるところでは、互いの顔・親の顔、職業や家族構成もしったものです。そこに簡単でもあいさつや思いやりがあるのは容易に想像できると思います。隣近所の付き合いは面倒なところもあるかもしれませんが、ほどよい距離を保っているのが雁木通りの役目だと思うのです。

だからこそ火事などあれば声もかけやすいし、外の様子も感じやすい・・ 糸魚川の火災が大規模だったのは、雁木通りという木造の古い建築物が原因でもあり、死者がでなかったのも雁木通りのおかげともいえるのです。

とくに過疎化・高齢化が進む地方で、この雁木通りというシステムは適していると思います。過去に道幅を広げるために撤去されコンクリート化されたアーケードになった雁木は果たして成功と言えるのでしょうか。町の情緒あふれる景観として雁木だけを残せばそれでよいのでしょうか?はなはだ疑問です。建築学、行政の方々に期待するのは、地方における個人を孤立させないでほしいということです。糸魚川の復興にどうかこの考えを参考にしてほしいと思いました。
糸魚川の火災と雁木
またとても長く間が空いてしまいました。今回筆をとるきっかけになったのは、故郷新潟(上越)の事件「糸魚川の大火事」です。
なぜかと言えば、私は大学で 地域研究という歴史民俗学的な学部におり、雁木を卒業研究の題材としていたからです。
その経験や、故郷あるいはそれに似た地方都市を想う気持ちがあって、この機会に全国の人に知ってほしいことがあるからです。

2016年12月、糸魚川で大火災と聞いてまず思い浮かんだのは「雁木」でした。当初火災ばかりで、なぜ燃えたかまで詳しくは報じられていませんでしたが、地元の人間にはすぐにピンときました。

新潟の住宅(店・工場を兼ねた住宅)の多くは、入口の間口が狭く、奥に広く細長い、珍しい形となっています。これが通称「ウナギの寝床」です。そして隣の家とぴったりとくっつき、通りに狭い間口(入口)を面しているのです。つまり道を歩けば、それぞれの家・店の入り口が軒並み連ねているのです。道に面しているのは住宅ならば玄関、商店なら売り場、工場なら作業場兼商談の場となっています。様々な生活の模様が歩きながら見て取れるのです。

雁木高田(Wikipedia より)


しかし、その道とは公の道路ではありません。それぞれの家の’’私有地’’なのです。 それぞれの家が、車道とは別に道を作るべく少しずつ後ろに下がることで、そのスペースを出し合うことで道となっているのです。更にその道の上は、それぞれの家によって庇が作られています。これこそが、「雁木」なのです。

これはもとはといえば、豪雪地帯に存在する「栄えた都市」の知恵なのです。数メートルも及ぶ雪によって冬の交通がマヒしないように、車道・公道とは別に雁木を歩道として冬でも歩けるようにしたのです。ともすれば、車道を横断して向かいの雁木通りに行けるように、雪のトンネルを掘ったと言います。車は走れないものの、軒を連ねた家の中にはスーパーに変わる商店などが存在したため、歩いて生活できる街だったと言えます。まさに雪国の伝統の知恵といえるでしょう。

雁木雪


雁木はそれぞれの家がつけているため、少しずつ形などが違うわけですが、互いに高さをそろえたりしています。そして多くは木造でした。財力のある家は、地面を石畳にしたりと工夫を凝らし、街全体の趣のある風景としても知られていきました。
木造であり隣近所と続いていれば、当然火事の心配は大昔からあるわけです。消防団などは必要不可欠な存在でありました。(どこの地域でも必要なのでしょうが、私の卒論でその特異性を示すまでにはいきませんでした。残念。)

今は積雪量の減少(良いことのようですが)や、道路交通・自動車の発展、普及 そして何より、雁木通りに連ねる家は職業と結びついてこそ間口を売り場や見せ場として利用していたので、その後継者の減少・転居により 衰退していきました。これまで雁木の中だけでも生活できていたものが、外に大きく広がっていったことで、雁木もただの庇がついた歩行路 あるいは街のシンボルと化していきました。それもやがては取り壊されて通りの一部分だけ雁木がなくなっていたり、改築してコンクリートに姿を変えていきました。伝統的な街並みとして町おこしの題材としても見られるも、街全体でなければなかなか効力を発揮しきれないように思います。

かなり大まかではありますが、雁木の概要をお伝えしてきました。私の卒業論文のフィールドワークとしていろんな方にお話を伺ったことで、この現実を立体感を帯びて説明できていたらいいなと思います。

さて、そこで雁木のこれから を担うのは誰なのか。火災で焼失してしまった糸魚川は今後どうなっていくのでしょうか。

これからの雁木の大きくかかわっていくのは、次の4つと言えます。ひとつは当然その所有者、住民です。つぎに、行政。それに付随して、町の振興を狙う文化振興団体 そして 建築学者 です。

雁木が街の景観として途切れないよう、もしくは隣近所に気を遣って雁木を維持しようとする住民の負担を減らすべく、一部の行政は雁木の新改設に費用援助をしているそうです。しかしそこに情緒豊かな景観を維持する策を講じていないのは見てすぐわかります。ただ庇があればいい、家(商店)とのつながりを失った雁木がぽつんと鉄筋コンクリートに変わって立っているだけです。

文化振興団体は、雁木の精神 というスローガンを掲げて古き良き景観を維持しようと、一部の古民家・町屋を拠点として活動しているようです。ここも私の卒論では十分に活動内容まで取り上げられなかったというか、何をしているのか正直わかりませんでした。当時の私の無知や世間知らずがあったせいもあります。町屋での集会におじゃましたのですが、温かい雰囲気はあったものの、雁木のこれからを議論するというよりは、回顧主義的な印象をうけました。昔はよかった、今は過疎化が進むばかり・・。嘆く気持ちもわかりますが、古い=素晴らしい だけでは現状をよくすることはできないと思うのです。雁木の精神 というのも、なんとなく「古いものを大事にしよう」と言っているだけで、理論的な考察や発想を感じることはできませんでした。単なる精神論で雁木は成り立ってはいないのです。 当時ここまで穿ってみることができなかったのは自分の社会に対する無知だったと反省しています。

雁木の調査をしているのは、主に建築学の方々でした。民俗的な調査資料も多少はありましたが、簡単な歴史・特徴を述べているにとどまりました。実際調査に入っているのも、新大の建築分野の方々で、道幅や屋根の高さを測ったり独立した「モノ」として扱っている印象でした。雁木を景観として維持・文化としてとらえるために、こうした方々が関わるのは当然のことなのですが、本来の雁木の意味に欠けると感じました。

社会の変化により、いまや雁木は家・商店とのかかわりを失っていると言えます。ではどのように雁木通りとして残っていくべきなのでしょうか。糸魚川で焼けた町はどのように再生すればいいのでしょうか。雁木を残さないという選択も当然ありますが、ここは 残す ことに未来を感じてみたいと思います。



テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

フィギュアスケートのペイントバック
フィギュアKM

お母さんから頼まれて、お姉さんへのプレゼントに描きました。
久々にダンス関係の絵。バックだからとかTシャツだからとか考えず、単純に好きなように描きました。この方が楽しい。そしてうまく描けた。もちろん、プロスケーター・プロ写真家の写真を見て描きましたよ。

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雨にぬれても、洗濯しても落ちませんよ~^^

こんな適当でも、布に描いて完成度が高まるなら、布に描いた方が良さそうだ。
美しいバック。お母さんは無地のが見つからなかったらしく、裏面はなんだかわかんないロゴがあるのが残念ですが、まあ身内にあげるんだからいいでしょ。
お手紙ほっと一息
クライミングのコンペが終わり、今までで一番といっていいほどのヤバイ筋肉痛・・。最終2位で、予選で使い果たすというくらい登ったけど、振り返るとまだまだ頑張れたんじゃないかと思ってしまう。。あと1本登っておけば・・そしてへろへろの状態で臨んだ決勝はすでに力尽きてしまっていて、ニアミスがあったような。サドンネスというルールも、最後せっかく残ってもすでに2位でいいやという気持ちがあったのかも・・反省。
でも本気でたくさんの人が応援してくれて、決勝も沸かせられたし、かなりいい思い出になった。もらった賞品もインパクト大。クライミングブランド8b⁺ のチョークバック・・ではなくリュックサック笑 恥ずかしすぎだろ!
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翌日は廃人でジムの店番(オリンピック効果なのか初めてクライミングに来た人が27人もいた!)をし、その翌日もやや廃人・・やっとのことで落ち着いて友達に手紙の返事を描く。絵の好きな友達。クライミングやってると、PC作業やデスクワークで肩が凝ってしょうがなく支障があるのであまりやらなくなった。けど、お返事かくのをきっかけに、リアル・リヴァイ 描いてみた。微妙に不細工なところがポイントなんだから!あと、顔が疲れてるところ。
ネットの外国人男性の画像をもとにしてみたけど、たまーにやってもいいかなーと思った。すぐできるし。鼻とかうまくかけないから練習になるね。


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